今回の行程
2026年8月29日から9月1日まで、3泊4日で伊勢・志摩を走った。出発地は船橋。酷暑と雨の可能性を考え、今回はバイクではなく車を選んだ。
主役だけは決める。細部は現地で決める。全部を消化することより、面白い場所へ時間を使い、体調が悪ければ止まり、満足したら次を削る。この方針が、最後まで旅を崩さなかった。
起きた。走った。海を越えた。
最大の不安は、渋滞でも距離でもなかった。そもそも早朝に起きられるのか。最初の勝負は、布団の中にあった。
だが、起きた。まだ街の色が戻りきらない時間に車へ乗り込み、船橋を出た。第一関門は突破した。
東京料金所付近では、尿意が限界まで来た。予定どおりに進む以前の問題である。無理をせず緊急停止し、事なきを得た。
海老名では短く眠った。長距離では、時間を守ることより、走れる状態を保つことの方が大切だ。少し休み、頭を戻してから西へ進んだ。
第一関門の「ちゃんと起きる」は突破した。次は、無事に海まで走り切るだけだ。
浜松で、ラーメンと餃子を喰う
静岡を抜け、NEOPASA浜松へ入った。建物の内外には楽器の街らしい意匠があり、「MUSIC SPOT HAMAMATSU」ではドラムやピアノが置かれていた。単なる休憩所では終わらない。
昼飯は浜北軒。醤油ラーメンと浜松餃子のセットを選んだ。ネギの浮いた熱いスープ、焼き目の付いた餃子、横にはモヤシ。長く走った後に欲しいものが、全部そろっていた。
浜北軒の醤油ラーメンと浜松餃子。西へ走る燃料としては十分だった。
走る前に喰う。喰ったら、また走る。長距離移動は、それでいい。
渥美半島。サーファーの海とメロンソフト
浜松を出たあとは国道42号で渥美半島へ入った。海へ近づくにつれ、街の密度が薄くなっていく。建物の間から空が広がり、やがて潮の気配が混ざり始めた。
ロングビーチ東駐車場へ寄ると、そこはサーファーの車で埋め尽くされていた。板を抱える者、着替える者、海から戻ってくる者。こちらは空きを探すより、景色だけ見て先へ進むことにした。
あかばねロコステーションでは、淡い緑色のメロンソフトを喰った。曇り空の下でも、冷たさと甘さは容赦なくうまい。暑い日に喰うソフトクリームは、観光ではなく補給である。
海を背にメロンソフト。半島へ来たなら、これは喰う。
恋路ヶ浜。ヤシの実ひとつ、海ひとつ
さらに半島の先へ進み、恋路ヶ浜へ着いた。太平洋に面した海岸は曇り空の下で少し鈍い色をしていた。それでも、海は広い。波の音だけは、天気に関係なく押し寄せてくる。
恋路ヶ浜。派手な青空はなかったが、岬まで来た重みはあった。
「日本の100選」の記念モニュメントを読み、鐘を見て歩く。歩道には、ヤシの実が一つ転がっていた。出来すぎた光景だが、本当にそこにあった。
半島の先まで走ると、道は海で終わる。だから今度は、船で続きを走る。
車ごと伊勢湾を渡る
伊良湖クリスタルポルトへ到着し、フェリーを待った。予約はしていない。それでも港には余裕を持って着き、カードで支払いを済ませた。
伊良湖港へ入ってくる伊勢湾フェリー。これに車ごと乗り込む。
船内へ入ると、冷房はキンキンに効いていた。しかも人は少ない。朝から長距離を走り、暑い渥美半島を抜けてきた体に、この涼しさは効いた。
海を眺めている間、運転する必要はない。車で走ってきた距離が、ここだけ海上の休憩時間へ変わる。フェリーを旅程へ入れた意味は、乗った瞬間に分かった。
エアコンはキンキン、人はガラガラ。海を渡る移動が、そのまま休憩になった。
伊勢の夜。部屋へ戦利品を並べる
鳥羽へ着いたあとは、伊勢の宿へ向かった。その前に、地元スーパー「ぎゅーとら」へ寄る。夕食と翌朝の食料を確保するためだ。
部屋の机へ並べたのは、ぎゅーとら特製焼肉重、ミンチ串、うずら卵串フライ。観光地の店へ出直す必要はない。長く走った夜は、地元スーパーの総菜を好きなだけ広げる方が強い。
焼肉重、ミンチ串、うずら卵串フライ。初日の部屋飯として十分すぎる。
最後にキリン一番搾りを開けた。缶の音が、朝から続いた移動の終了を告げる。海老名で寝て、浜松で喰い、渥美半島を走り切り、車ごと海を渡った。その全てが、この一口へつながった。
ぎゅーとらの総菜を机いっぱいに並べ、一番搾りを開ける。缶が鳴ったこの瞬間、初日の勝ちは完全に確定した。
寝坊しても、全部つながった一日
二日目は寝坊から始まった。早朝参拝という予定は崩れたが、旅行そのものが崩れたわけではない。朝食を済ませ、まず外宮へ向かった。
境内をじっくり歩き、「神様の朝飯」の場面も見ることができた。時間は押している。それでも、来た場所を雑に消化する必要はない。
内宮へ向かう途中、セブンイレブンでガリガリ君と凍った麦茶を補給した。暑さはすでに強かった。内宮を参拝したあとは、時間と体力を見て、おかげ横丁を短く切り上げた。
寝坊したら、予定を削ればいい。削っても、見たいものまで薄くする必要はない。
赤福氷。そして、いったん止まる
暑い中を歩いたあと、赤福氷を喰った。山のように盛られた抹茶の氷を崩していくと、中から餡と餅が現れる。冷たさだけではない。伊勢まで来てこれを喰っている、という事実まで含めてうまい。
だが、その後に頭痛と気分不良が出た。ここで無理に次へ進めば、予定ではなく旅そのものを壊す。車へ戻り、冷房を入れ、梅ソルティ、塩分タブレット、凍った麦茶で体を冷やした。
歩けるか。水を飲めるか。気分は戻ったか。一つずつ確かめ、完全に回復してから動いた。
回復した。ならばラッコを見に行く
回復後は鳥羽水族館へ向かった。まずデンキウナギの前で休み、腹が減ったのでメイちゃんカレーを喰う。体が戻れば、食欲も戻る。
ジュゴンを見て、ラッコを見る。目的の一つだったラッコまでたどり着けた。体調を崩した直後だからこそ、無理をしなかった判断の重さが分かる。
水族館を出たあとは、コンビニでコーラとアイスを補給した。そこから伊勢志摩スカイラインへ入り、朝熊山頂を目指した。
伊勢志摩スカイラインから見下ろす海。急がず、山頂で景色を眺めた。
一度止まったから、ここまで来られた。休憩は旅の中断ではなく、旅を続けるための行程だ。
回る肉を取り、松阪牛を焼く
二日目の最後は、一升びん宮町店へ向かった。選んだのは、肉がレーンを回る方の店。寿司ではない。松阪牛が回ってくる。
一升びん宮町店。夜の黄色い建物へ、肉を喰いに入る。
皿に乗った肉がレーンを回る。欲しい皿を取り、目の前の炭火で焼く。
皿を取り、網へ落とす。炭の赤い光の上で、松阪牛の脂がほどけていく。焼ける音と匂いが立ち上がり、口へ運べば文句なしにうまい。
炭火、松阪牛、回転レーン。二日目の終着点として不足はない。
回転レーンから松阪牛を取り、炭火へ落とす。脂が網の上で弾けた。この瞬間、二日目の勝ちは確定した。
霞んだ英虞湾から、掛川の生活へ
三日目の出発は予定より約30分遅れた。だが、鳥羽港へ着く余裕まで削るつもりはない。道の駅伊勢志摩へ寄り、まず横山展望台へ向かった。
展望台から見下ろす英虞湾は、雲と霞に包まれていた。複雑に入り組んだ海岸線は見えるが、遠景は弱い。晴れるのを待つより、だいたい見たところで切り上げる。
雲と霞の英虞湾。見えないものを待たず、見えた景色を持ち帰る。
景色が薄くても、ソフトクリームの味は薄くならない。海を背に一本喰い、次の道へ戻った。
英虞湾を背にソフトクリーム。霞んだ日の追加点である。
景色が霞んだら、滞在を短くする。天気へ意地を張っても、空は晴れない。
パールロードを走り、鳥羽港へ
横山展望台を出たあとは、パールロードを走って鳥羽展望台へ向かった。海沿いの道は、移動そのものが目的になる。景色を拾いながら北へ戻り、港へ入った。
鳥羽港では車列の一番前を確保できた。船へ乗り遅れる不安はない。待ち時間を使い、港を見下ろす食堂で昼を喰った。
揚げたての衣へタルタルを付け、白飯と一緒に喰う。港を眺めながらの昼飯は、ただ待つだけだった時間を完全に別物へ変えた。
国道42号と259号は、海の上でつながる
乗船時間が近づき、車へ戻った。目の前の乗船口が開き、そのまま船内へ入る。往路とは逆に、今度は鳥羽から伊良湖へ渡る。
甲板の後ろで航跡が伸びる。伊勢と志摩で過ごした時間が、少しずつ遠ざかっていく。だが旅は終わらない。伊良湖から、今度は掛川まで走る。
道は海で途切れていなかった。国道は船に乗り、対岸まで続いていた。
掛川のホテルを、生活拠点にする
伊良湖へ着いたあとは、途中のセブンイレブンでトイレ休憩を入れ、掛川へ向かった。スーパー三善で夕食を買い、くれたけイン掛川へ入る。
ホテルではハッピーアワーを使い、空いていた洗濯機と乾燥機を回した。部屋の冷え方が緩かったため、フロントで扇風機も借りた。風は体を冷やすだけでなく、洗った服を乾かす仕事もした。
机へ並べたのは、焼飯唐揚げ弁当、肉団子、お米のシュウマイ。観光地を巡る時間が終わり、その土地で生活するような夜が始まった。
洗濯を回し、扇風機を借り、焼飯唐揚げ弁当と総菜を机へ広げた。掛川の夜を完全に生活へ変えたところで、三日目の勝ちは確定した。
ヤマハが楽しすぎて、帰路も長くなった
最終日の朝は、ホテルの朝食を喰いすぎた。すぐには動けず、少し休んでから9時15分に掛川を出た。向かったのは磐田のヤマハ・コミュニケーションプラザである。
ヤマハ・コミュニケーションプラザ。少し見るつもりで入った。
中へ入ると、歴代車両と技術展示が一面に並んでいた。青いYZF-R7、巨大な赤いStar Venture、レーサー、ネイキッド、エンジン。見るものが終わらない。
予定どおりに切り上げる理由がなくなった。面白い場所では延長する。その代わり、この後の予定を削ればいい。
ヤバスンギ。ヤマハが楽しすぎて、まだ二階が始まったばかりだった。
Y-AMTを動かし、機械の中を見る
Y-AMTの展示では、ハンドルの操作系と変速機構がつながり、操作に合わせて表示と機械が動く。説明板を読むだけではなく、自分の手で仕組みを確かめられた。
Y-AMTの実物機構と操作部。中身を見ながら動かせる。
Y-AMTの体験展示。操作に応じてメーター表示と機構が変化する。
その先には、赤いStar Ventureが鎮座していた。大きな車体、厚いシート、巨大なカウル。二輪車というより、長距離を飲み込むための機械である。
赤いStar Venture。展示場の中でも、明らかに別格の存在感だった。
うなぎを喰い、温泉を捨てる
ヤマハを出ると、周囲の人が向かっていた中川屋へ入った。朝食を喰いすぎたはずなのに、うなぎを前にすれば話は別である。
焼けた表面の香ばしさ、身の柔らかさ、たれが染みた飯。予定を延長した後の昼飯として、文句なしにうまかった。
食後は、温泉へ寄る案と、そのまま帰る案を比べた。ここまでの満足度はすでに高い。無理にもう一つ追加して帰宅を遅らせるより、余韻を持ったまま帰る方がいい。
ヤマハを見尽くし、中川屋でうなぎを喰った。もう足す必要はない。温泉を捨てて直帰すると決めた瞬間、四日目の勝ちは確定した。
眠くなったら寝る。最後は無事に帰る
帰路では藤枝で休憩し、「ぶしのたね」を土産に買った。さらに東へ進むと、清水で強い眠気が出た。次のサービスエリアまで我慢せず、その場で短く眠った。
少し寝ると、頭は戻った。その後も足柄、海老名、京葉市川で休憩し、燃料残量も確認しながら船橋へ向かった。
到着時刻を縮めても、事故を起こせば何も残らない。最終日の目的は、観光地をもう一つ増やすことではなく、無事に家へ着くことだった。
ちょっと寝て、元気になった。旅の最後に必要なのは、根性ではなく無事な帰宅だ。
そして、家へ着いた。
この旅で見つかった、自分に合う旅の型
三泊四日あれば、長い往復にも余白ができる。一日の主目的を一つに絞れば、予定がずれても立て直せる。地元スーパーへ入れば、名所だけでは見えない土地の日常まで拾える。
酷暑の日は、最初から全部回るつもりで組まない。体調が崩れたら止まる。眠くなったら、その場で寝る。面白い場所は延長し、その分だけ次を削る。
予定を守り切ることが、旅の成功ではなかった。寝坊しても、景色が霞んでも、温泉を中止してもいい。自分が面白いと思ったものへ時間を使い、喰うべきものを喰い、無事に帰ればいい。
大きな目的を一つ置き、残りは体調、天気、面白さで組み替える。勝ちは、予定表の中ではなく、その日のどこかで自分で確定させる。
旅の実戦ルール
- 長距離旅行は3泊4日を基本にする。
- 一日の主目的は一つに絞る。
- 地元スーパーを旅程へ組み込む。
- 酷暑日は、予定を削る前提で動く。
- 眠気を感じたら、到着時刻より休憩を優先する。
- 十分に満足したら、追加の立ち寄りを捨てて直帰する。